ご挨拶 新しい訳詞をめざして

 

ここに載せたのはそのまま歌える訳詞です。

訳詞を始めたきっかけは国際フランツ・シューベルト協会の演奏会で、実吉晴夫さんの訳で《白鳥の歌》を聞いたことでした。音楽もドイツ語の歌詞もよく知っている歌曲集でしたが、耳に飛び込んでくる日本語のインパクトと理解の直截さは衝撃的でした。限りなく直訳に近く、しかも簡潔にして論理的。これまでの花鳥風月を歌い、韻律の調子のよさに流れがちなものとは一線を画した、新しい訳詞の世界でした。

私も作曲家が構築した世界と同等のインパクトを持ち、音楽のフレージングに忠実で、歌いやすく聞きやすい訳詞を作って、歌っていきたいと思っています。

 

原題のアルファベット順に並んでいます。(ブラームス「ドイツ民謡集」は番号順に並んでいます。)

この訳をコンサートなどでお使いになりたい方は、飯野までご一報ください。


Anakreons Grab  (Johann Wolfgang von Goethe)

アナクレオンの墓 (ゲーテ)

 

薔薇は香り 葡萄の蔦はからむ

鳩のむつみ声 虫の鳴くこえ

その墓は 神々が美しく

花で飾る。 それはアナクレオンの墓

春、夏と秋と 詩人はことほぎ

護られ眠る 丘のかげに

 


Auch kleine Dinge  (Heyse 独訳)

小さなものでも (イタリア歌曲集 Ⅰ  1

 

小さくてもすてきなもの

小さくても宝物

ほら きれいな真珠の玉は

高価だけど小さいでしょ

ほら 小さなオリーブは

おいしくて 役に立つわ

ばらの花も ちいさいわ

香り豊かなばらも

 


Auf ein altes Bild  (Eduard Mörike )

古い絵によせて (メーリケ   23

 

緑の水辺に

葦の穂がそよぐ

罪なき幼子

聖母(はは)のもとで戯れる

かなたの森には

ああ すでに十字架の木

 


Auf einer Wanderung  (Eduard Mörike)

旅路にて (メーリケ  15) 

 

なつかしい町に着く

通りは夕映えの赤

開けはなたれた窓の

こぼれる花の方から

美しい鈴の音が

あれはナイチンゲールの歌声

花はふるえ

風はゆらぎ

夕日の中でばらは燃える

 

惚けたように たたずむ

いつしかわれ知らず

町を抜けてきた

世界の明るいこと

くれないに燃ゆる夕空

町は金色にけぶる

水音をたて 水車は回る

 

酔いしれて夢見心地

おお ミューズよ おまえの愛撫と

息吹よ!

 


Bedeckt mich mit Blumen  (Geibel 独訳)

花でおおって (スペイン歌曲集 Ⅳ  26) 

 

花でおおって

恋に死んだら

 

この身から 恋の

息吹きを消さぬように

うずめて

 

花の香りでも

愛でも

同じことだわ

 

ジャスミンと白百合で

お墓を飾ってちょうだい

お願い

 

訊かないでね その訳を

甘い苦しみのせいよ

恋の

 


Das verlassene Mägdlein  (Eduard Mörike )

捨てられた女中(メーリケ)

 

星のまたたく 夜明け前から

今日もかまどの 火をおこす

きれいな炎 飛び散る火花

身じろぎもせず 火を見つめる

 

急に思い出す 浮気な彼を

夕べもあんたの夢を見たわ

次から次へ 涙はこぼれ

この日も早く 行ってしまえ

 


Denk’ es, o Seele!  (Eduard Mörike)

思いみよ、心よ (メーリケ 39

 

向こうの森に 人知れず

樅の木一本 生い茂る

その定めを思い見よ

やがてお前の墓標だ

 

牧場で 草を喰む仔馬

足取り軽く 帰りゆく

ある日 おまえの亡骸を引きゆく

ひづめの蹄鉄の光が

まだ失せぬうちに

 


Der Gärtner  (Eduard Mörike)

庭師 (メーリケ 17

 

真白いお馬にまたがって

お城の姫さま 駆けてゆく

 

白馬のひづめを巻き上げる

僕がまいた金の砂

 

ばら色帽子の羽飾り

ひとつこっそり下さいな

 

代わりに花をご所望なら

すべてあなたに捧げましょう

 


Die ihr schwebet um diese Palmen (Lope de Vega, Geibel 独訳)

棕櫚の木をめぐって飛ぶものたちよ (スペイン歌曲集 Ⅰ   4 ) 

 

こずえで はばたく

天使たちよ 騒がないで

おさなごが 眠っている

 

風に揺れる ベツレヘムの棕櫚の木

なぜ今日は いらだっているの

騒がないで そっと枝を垂れて

おさなごが 眠っている

 

神の御子は 耐えている

この世の苦しみを 担い

せめて眠りだけは 安らかに

おさなごが 眠っている

 

いじわるな風が吹く

子供を覆う 布さえない

心配そうに 飛び回らないでね

おさなごが 眠っている

 


Du denkst mit einem FädchenHeyse 独訳)

紐一本で釣り上げようなんて(イタリア歌曲集 Ⅰ  10

 

甘い考えね、それは 

流し目でおとせるなんて

ほかにも言い寄る男なら

いるのよ、うんと、油断しないで

もてるのよ、ほんとだってば

好きだわ、でもあんたじゃない

恋してる、ほかの人に

 


Fussreise (Eduard Mörike)

朝の散歩(メーリケ 10) 

 

切りたての杖持ち 朝早くに

森を抜け 丘を越えて歩く。

鳥はさえずる 葉かげに集い

葡萄はたわわに 実をつけ輝く

秋の朝だ。

世界のはじめの エデンの園に住む

神に創られた アダムの喜びそのままに。

そんなにひどいかな アダムの罪は

みんなが言うほどに。

今も愛し合い 今も賛め歌う

創めの日と同じように

おまえの天の創り主を。

願わくば わたしの人生そのものも

朝のさわやかな旅であれ。

 


Gesang Weylas  ( Eduard Mörike ) 

ヴァイラの歌(メーリケ)

 

わが島 オルプリット!

海原に

朝靄にけぶりつつ

光り輝くその姿

 

神代からの波が

岸を洗う、おお!

気高き島よ

神々の祝福あれ

  (オルプリットはメーリケの想像上の島、

   ヴァイラはその島の女神)

 


In dem Schatten meiner Locken  (Heyse 独訳)

私の髪のかげで (スペイン歌曲 2)

 

ふわふわ巻き毛のかげで

寝ている ダーリン

起こそうかな ー まだ!

 

毎日 きれいに梳かしているのに

風のひと吹きで またくしゃくしゃだわ

巻き毛とそよ風

おやすみ そのまま

起こそうかな ー まだ!

 

惚れた弱みだわ 彼が嘆くのは

生かすも殺すも この私次第

小悪魔とよぶくせに

よく寝ているじゃない

起こそうかな ー まだ!

 


In der Frühe  (Eduard Mörike)

朝早くに (メーリケ 24

 

今日も眠れない

いつの間にか 窓の外は白む

高ぶる心が見せる

絶望の姿 夜のおばけ

 

もう つらい時間は過ぎた

さあ 朝だ

遠くで夜明けの鐘の音

 


Klinge, klinge mein Pandero (Alvaro de Almeida, Geibel 独訳)

鳴り響け、パンデロ(スペイン歌曲集  1) 

 

鳴り響け パンデロ、

心はうつろ

 

この胸の苦しみがわかるなら

そんなに楽しげに鳴らないでちょうだい

 

踊り狂いながら叩く リズムに合わせ

思いを封じ込め 心はうずく

 

ああ でも跳ね上がるたびに 胸は痛み

叫び声となる わたしの歌は

 


Herr, was trägt der Boden hier (****: Heyse 独訳)

主よ、この大地に生い立つものは(スペイン歌曲集 Ⅰ   9

 

主よ、受難の大地に 何が生い立つ?

「いばらは私に、あなたに花が」

 

ああ、涙の川がはぐくむのですか?

「そう、いろんな冠がそこで作られる」

 

わが主よ、それは誰のためですか?おお!

「いばらは私に、花はあなたに」

 


Mausfallen – Sprüchlein ( Eduard Mörike )

ねずみ取りのおまじない (メーリケ)

 

ねずみの父さん

ねずみの母さん

用意はいいかい?

今夜は月夜

 

でもドアに気をつけて

いいかい?

しっぽが危ない

いいかい?

さあ 歌いましょう

さあ 踊りましょう

さあ みんなでダンスを

 

Witt witt! Witt, witt!

おばさん猫も踊るよ

いいかい?

 


Mir ward gesagt  (Heyse 独訳)

ひとづてに聞いたわ (イタリア歌曲集 Ⅰ   2

 

もうすぐ遠くに行くって

ひとづてに聞いたわ、あなた

旅立ちの日を教えてね

せめて涙をお供に

涙は旅のはなむけ

希望をなくさないで待ってるわ

わたしを思い出してね

お願い、忘れないでね

 


Mögen alle bösen Zungen (Geibel 独訳)

口さがない人には (スペイン歌曲集 Ⅲ  13

 

口さがない人には 言わせておけば

愛し、愛されるのを待っているの

 

ひどい噂 うそばかりの悪口

罪のない人を 餌食にして

でも気にしないわ 関係ないわ

愛し、愛されるのを待っているの

 

誹謗や中傷は なんにもならない

意地悪な人は 嫌われるだけ

けなされるのは 逆に誉め言葉

愛し、愛されるのを待っているの

 

噂どおりの 鉄のこころなら

愛の言葉なんて はねつけるでしょう

でもほんとうは敏感な おとめごころ

愛し、愛されるのを待っているの

 


Nein, junger Herr  ( Heyse 独訳)

まあ、お若い方 (イタリア歌曲集 Ⅰ  12

 

まあ そんなの 無作法だわ

彼女を使い分けるなんて

わたしは普段用、そうね

よそゆきには 美人の女

いや、ばかみたい、そんなつもりなら

わたしだって、もうごめんだわ

 


Selbstgeständnis  (Eduard Mörike )

 問わず語り(メーリケ) 

 

僕は母さんのひとりっ子

生まれたはずの兄弟の

六人分だか 七人分だかが

まるごと僕に背負わされちゃった

そこで愛やら おせっかいやら

ひとりで引き受けるはめに

恨みつらみの日々

代わりにお仕置きの方が

痛くても まだましだった

 

 


Verborgenheit  (Eduard Mörike )

世をのがれて(メーリケ)

 

この世をのがれ 隠れ生きる身の

こころ惑わせるな 愛の誘いで

 

なぜだか胸ふさぐ 名付けようのない憂い

いつも涙ごしに 光を仰ぐ

 

時にわれ知らず 喜びに燃える

苦しみを突き抜け 歓喜が満ちる

 

この世をのがれ 隠れ生きる身の

こころ惑わせるな 愛の誘いで

 

 


Wohl kenn’ ich Euren Stand  (Heyse独訳)

あなたの身分は存じています(イタリア歌曲集 Ⅱ   7

 

あなたとは身分違い

やんごとない育ちなのに

貧しい私が好きと

美人には不自由しないはず

誰よりすてきなのよ

知ってるわ、戯れだと

分かってる、皆の忠告も

でもりりしいその姿!